政治家・犬養の強い言葉に惹かれて沸く人々、その集団を見て恐怖を覚える主人公の気持ちはわからなくはない。人は集まる事で強い気持ちになり、それが間違った方向に向いた時、恐ろしい結果が予想されて恐怖する。例えばメディアの恣意的な報道を見ると、なぜ、と思うこともよくある。この作品は違うけれど、そういう事へ警鐘を鳴らすような作品だったのなら面白くはなかっただろう。たとえ、共感できたとしても作者の意図が見え見えな時点で私には興ざめだ。
あとがきで作者が書いているように、政治的な意図や思想について書かれたものではない。時代に流されないよう必死で何かにしがみつき、何かを心に定めると真っ直ぐに突進するような若さ、青さ、愚かさがいい。
印象的なシーンは、冒頭の地下鉄の中での出来事。彼が自分の能力に初めて気づいた瞬間だけれど、席を譲る譲らない、譲るならそのタイミング等、地下鉄に乗ると誰もが一度は感じた事、または見た事のある光景。それらの普段感じるような微妙な空気や空間を舞台に、主人公の能力が披露されたことが面白い。
不思議な能力を持ってしまった事は非日常的な出来事だが、冒頭の地下鉄での出来事をはじめ、TVを見て選挙について思う事、会社での出来事、同僚とのデート、家族との生活などすべて若い会社員のごく普通なもの。しかし、考え方や感じ方、青臭いような意見や行動が伊坂幸太郎の作品によくみられるもので、らしさが出ています。何でも考え過ぎと言われる安藤が行き着く先も、本当に伊坂幸太郎っぽいもので、作品の良し悪しや安藤の意見に対しての可否については別にしても、まあ満足。