|
評価:
中井 英夫
講談社
---
(1974-03)
意味という病に囚われて
反推理小説?!
この3分の2の長さなら…
|
わたしの特技は速読と流し読みです。しかし、時々速読できない本がある。記憶に新しいところでは小野不由美の「屍鬼」で、あれもかなりの時間がかかりました。
そして本書。“四大奇書”として名高いだけではなく、数々のミステリファンを魅了し、多くの推理作家達が傑作としてあげている「虚無への供物」、意気込んで読み始めたものの、最初の1ページで足が止まりました。
まず、冒頭の時代描写、街の描写がさっぱり意味がわからない。これはマズイ。ハードルがかなり高い。森博嗣風に言うなら、第一級警戒モードで防火シャッターががしがし閉まる感じ。ナマケモノゆえに身についた流し読みでは読めません。泣く泣く意味のわからない単語は辞書を引き引き読みましたが、事件が起きて推理合戦が始まってからは、普通に読めて安心でした。「ドグラ・マグラ」とは大違いです。それでも1週間以上かかりましたか。
氷沼家とその周辺を舞台に、心臓麻痺、ガス中毒、服毒自殺と他殺とは断定できない事件が発生する。しかしいずれも現場は密室。事件のたびに推理合戦を展開する関係者たち。「薔薇と不動と犯罪の神秘な妖かしに彩られた四つの密室殺人は、魂を震撼させる終章の悲劇の完成とともに、漆黒の翼に読者を乗せ、めくるめく反世界へと飛翔する」という紹介文はちょっと大げさな気が。。
事件後に展開される推理合戦はなかなか読むに厳しい。特にゲイバーで展開される4人の推理劇はつらかった。序盤はむむむと思いながらも、第4章からは一気に読むスピード、面白さが加速します。しかし、殺人かどうかわからない事件(事故か?)というのは面白い。こういうのは多分わたしは初めてですね。犯人の意図とは違う風に効果を発揮する伏線、こんなはずじゃなかったのに系の展開も大好きです。癖になりそうだ。斉藤某の声音を使ったトリックにはホントかよとツッコミ入れたくなりますが、事件のひとつひとつに余裕がたっぷりあり、どんなに作中の関係者たちが主張する推理を聞いてもなお読者にはその事件について検討する余地が残されている。思考させられるのが嫌ですね。むしろミステリファンにとってはそれこそが醍醐味なのですが。
結局のところ、何がアンチミステリなのかよくわからなかったのですが。途中までは文句なしにミステリでしたし。しっかりとした答えが出されていないからなのか、それとも終章で人死のある推理小説から一気に時代背景や犯人のバックグラウンド、内面に迫る展開を迎えるからなのか。どちらにしろ“虚無への供物”というタイトルは非常にうまくフィットしていたし、ミステリとして楽しみましたが、「文句なしの傑作だ!!」と言えるほど読みきれていない感じ。わたしの場合、これは年イチくらいで再読、再々読しなければ理解するまでに至らない気がする。「クラインの壺」同様の課題本になりました。
さて、積読本にはまだ「匣の中の失楽」が残されていますが。アンチミステリの何たるかを理解するには「匣の中の失楽」がいいらしいですし。だからといって、とっつき易いと言われた「虚無への供物」でこの難易度。しばらくはたらたら読めるミステリが読みたいですね。