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評価:
石持 浅海
光文社
¥ 900
(2006-08-22)
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例のごとく、本ミス2位という事以外先入観まったくなしで読んだので、読んで初めて「対人地雷」がテーマの短編集だということを知りました。私の読書傾向では重く深いテーマは敬遠しがちなので知っていたら手を出さなかったでしょう。先入観なしで読んだのが功を奏して、読後の今、読んで良かったと思います。
そもそも石持浅海の短編集はおそらくこれが初めてではないでしょうか。どんなもんだろうという緊張感と重いテーマに不安はあったのですが、読みやすく面白いのはそれぞれの短編がしっかりミステリなのです。それも本格です。動機や舞台、背景に地雷に関わる人や場所、団体が選ばれていて、少しずつ対人地雷とはどういう問題なのかミステリの面白さを味わいながら学べて感じられる。
まずは1話目「地雷原突破」、あるNGO団体のイベントで、踏むとブザーのなる無害の地雷原を演出し、多くの人に体験してもらう。架空の地雷原にはなぜか本物の地雷が混ざっており、デモストレーションで最初に歩いた進行役が亡くなる。これは事故か殺人か。この作品がとてもインパクトが強く、重いテーマでもすんなり読める作りになっていました。
第二話「利口な地雷」は地雷開発を行っている企業で起きた事件。ミステリそのものより“スマート地雷”と呼ばれる最新式の地雷に関する話が興味深い。そして第三話で表題作の「顔のない敵」。地雷原を人が住める安全な地域に変えたい、そんな思いを抱いた青年が地雷によって亡くなる。しかし彼の死には多くの疑問があった。対人地雷撤去に尽力する人々に焦点をあてたミステリで、作者が訴えたいことが全面に出てくるのではなくあくまでもミステリとして問題点も一緒に考えさせられる作品。
第4話「トラバサミ」は、ある対人地雷撤去運動を行っていた青年が事故で亡くなる。しかし彼は手製のトラバサミを所持していた。そのトラバサミはテロとして用意されたものの可能性が高い。既に仕掛けられたトラバサミを捜せ!というお話です。こういうミステリ実は大好きで、本当に面白く読みました。横山秀夫や高村薫系のサスペンスを石持浅海で味わえた事が嬉しい。5話目の「銃声でなく、音楽を」は、NGO団体がスポンサー探しをしている過程で出会った殺人事件。犯人に対するセリフが全てなのでしょうが、少し演出っぽさが見えてしまった。第6話「未来へ踏み出す足」は、試作の地雷除去ロボット、そのお披露目をした矢先に開発者の一人が不自然な死を遂げる。「銃声でなく、音楽を」と同じような効果を狙った作りに思われますが、「未来へ踏み出す足」の方が断然印象的です。確かに人死の部分はその必要性をあまり感じないのですが、そのロボットを使用する場面や様子が非常に面白い。ミステリより対人地雷に関する話の方に関心が出てくるあたり作者の意図通りかもしれないです。
最後の「暗い箱の中で」は対人地雷とは一切関係ないミステリ。エレベータという密室で起きた殺人。最小の“嵐の山荘”です。地味ですが面白く読めました。しかし、実際どのような犯行だったのかイメージすると、返り血とか血痕ってないのかなあと疑問もあるのですが。幸せな事にこれまで実際に人様が亡くなった様子を見た事がないので、解消されない疑問を抱えながら消化不良です。しかし、エレベータという舞台とそこで発生した事件は石持作品らしい。
いつか読んだ「高村薫の本」で、合田雄一郎に不朽の名作を読ませる事で、それを読んだ若い世代が名作に手を伸ばして頂けたら、というような言葉がありました。今回の「顔のない敵」という短編集も、対人地雷という大きなテーマを掲げながらもそのアクセスの方法はNGO団体だったり自衛隊員だったり警察官だったり記者だったり開発者だったり。特に問題点ばかりを全面に押し出しているわけではないさりげなさが気持ちよい。様々な角度からミステリ、つまりエンターテイメントとして提供しているので、その楽しさを味わいながら結果として地雷について関心持つことができる、そういう作品でした。地雷に関心がないけど質の良いミステリを味わいたい、そんな人に読んでもらって感想を聞きたくなる一冊。